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朗読の可能性

朗読会を終えて、色々感じることがありました。

僕はこれまで朗読という表現手段があまり好きではありませんでした。

ほとんどの本は、朗読されるために書かれたものではないからです。

耳で聞くより、自分のペースで目で読んだ方が相応しい本が大半です。

朗読に適した本は、それほど多くないと思います。

耳で聞いて心地よく、しかも分かりやすい文章を探すのは、とても大変です。

最近は、「読み聞かせ講座」だけでなく、「読み聞かせ用の本選び講座」さえあるんだそうです。

それだけ、作品選びが重要なのです。

 

また、せっかく朗読するのです。

少なくとも「黙読するより良かった」というレベルにまで持っていかなくてはなりません。

それには、相当量、練習を積むのが条件となります。

文章を覚えてしまうぐらい読み込まないと、やはり良い朗読は出来ないと思います。

文字を追って読んでいるようでは、表現にまで気が回らないのではないでしょうか?

特に、クライマックス・シーンなど、テンポを上げて読むパートなどは、絶対に覚えていなくてはダメです。

自分の体の中から言葉が出てくるようにならなくては、人を感動させることは不可能です。

 

そして、何と言っても、演出力が重要です。

文章を読み込み、朗読の計画を徹底的に練る必要があります。

読むスピード、リズム、音程、声色、音圧などなど、ありとあらゆるテクニックを検討し、どこでそれを使うかをきちんと設計しなくてはなりません。

演出をきちんとやっておかないと、ダラダラした単調で退屈で眠い朗読になってしまいます。

お客さんの生理を良く考慮して、絶対に楽しめると確信を持てる計画を立てるべきなのです。

 

そして、これは僕だけの考えかもしれませんが、やはり声だけでは勿体無い!

朗読と言えども、肉体も駆使すべきです。

顔の表情は当然として、手振り・身振りを付け、出来れば立って全身をフルに動員したいところです。

「そんな朗読は邪道だ!」という方も大勢いらっしゃいます。

しかし、最もいけないのは、観客を退屈させることです。

お客さんに楽しんでもらうためなら、たとえ朗読でも、自分の全てを使い切らなくてはなりません。

誰もが納得できる朗読が出来るようになって、初めて動きを控えていけば良いのではないでしょうか。

 

今、日本には"朗読道"のようなものが跋扈しています。

しかし、それは朗読者のための考えであって、観客のためのものではないようです。

朗読は、手足を縛られて演劇をやるようなものです。

ですから、芝居をやる以上に徹底的に稽古しなくてはならないと思います。

 

「親子で楽しむ動物のものがたり」の公演を通して、朗読の可能性を感じることが出来ました。

今後も機会があれば、朗読にも挑戦していきたいと思っています。

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