ドラマ・リーディング
昨夜、一風変わった舞台の公演を見に行ってきました。
60年代〜80年代に書かれた優れた近・現代日本語作品などを、若手演出家によりドラマ・リーディング形式で上演し、作品の魅力を引き出すという企画です。
今回は、丁度1年前に開催したものの第2弾です。
主催は、自治体の文化財団で、税金もかなり投入されているらしく、立派な劇場で超一流の役者さんが揃っているのに、入場料金は1000円に抑えられていました。
僕が拝見、拝聴したのは、太田省吾さんの作品「棲家」で、ベテラン俳優3人が巨大な舞台スペース上の椅子に腰掛け、譜面台に乗った台本を、静かに、ただひたすら静かに読んでいくというものでした。
「老婆、布団を移動する」といった感じで、ト書きもちゃんと読むのです。
約60分、まったく動きもなく淡々と進んでいき、何の盛り上がりもなく終っていきました。
あまりの地味さに、多くの観客が舟を漕いでいました。
終演後、観客同士の会話を聞いていると、皆さん劇の内容や意味が良く分かっていない様子でした。
勿論、僕もチンプンカンプンで、「これだったら脚本を自分で読んだ方が絶対良いな」と思いました。
確かに、一流の俳優さんのセリフ回しは見事なものです。
しかし、「暗闇の中、懐中電灯でウィスキーのキャップだけが照らされる」というト書きを聞かされるのと、実際にそれを見せるのでは、インパクトも面白さも違います。
少なくとも、太田省吾さんは、人に読み聞かせるためにト書きを書いたのではない筈です。
あれでは、高級食材を食卓に並べた上で調理法をシェフが説明し、それをイメージしながら生で食材をかじるようなものです。
演劇の魅力は、脚本という食材を、どう料理するかではないのでしょうか?
特に、太田省吾さんといえば、独特の舞台空間作りや身体表現で有名な方です。
「水の駅」などの沈黙劇が代表作とされている程です。
セリフ以上に、舞台上の視覚を大切にした作・演出家の作品を、セリフだけ淡々と読んでどうするのでしょう?
僕には、稽古初期の本読み稽古を見学させて貰ったような印象しか残りませんでした。
出来れば、「棲家」の普通の上演が見てみたかったです。
昨日の上演に、僕は何ら意味を見出せません。
今、朗読劇がブームになっています。
朗読そのものが人気だからなのかもしれません。
しかし、演劇界で朗読劇の上演が盛んなのは、役者がセリフを覚えなくて良くてお手軽だというのがその要因の一つになっているような気がします。
普通の上演をするより、朗読劇にした方が良いという判断の下で上演するならともかく、安易だからという理由でドラマリーディングにするのは、実に残念です。
また、自治体は、一流の方の片手間仕事のギャラを保証するのではなく、税金を投入しなくては出来ないような独自のものづくりを推進すべきだと思いました。
2009年5月 5日 08:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | カテゴリ:演劇
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