CDショップ滅亡の危機
最近、CDショップに行く度に思うことがあります。
どの店舗も、明らかに店頭に置かれている商品の点数が減少しているのです。
まず、棚の数が減って、スペースが広く感じられるようになりました。
棚の数は変わらない所でも、CDジャケットの表面が見えるように並べて展示して、点数が減っているのを悟らせないようにしています。
そもそも、新譜そのものが減っていて、目立つ場所にある企画コーナーには、格安の旧譜が並んでいる状況です。
前から言われていたことですが、CDショップは、ゆるやかにその使命を終えようとしているのです。
数年前に、アメリカのタワーレコードが倒産しました。
その流れが、日本にも、間違いなく到来しています。
寂しいことですね。
いわゆる”着うた”など、携帯電話やパソコンなどで音楽をダウンロードする形での、音楽ソフトの購入が主流になったせいなのかもしれません。
LPレコードが、市場から、たちまちのうちに姿を消してしまったのと同じことです。
また、一部のアイドル的なアーティストの作品だけが売れて、それ以外のものは店頭ではほとんど売れない、いわば文化の寡占状態が進んでいるせいかもしれません(実際、ヒットチャートの上位の作品は、かつてないほどのスケールで売れる時代ではあるのです)。
いずれにせよ、芸術を伝播する場だったCDショップは、ビジネスの場としては失格の烙印を押されてしまったということでしょう。
アメリカ同様、日本でも、間もなくその姿を消すことになると思います。
科学技術の進歩によって発生したビジネスは、やがて新たな技術によって駆逐されるのです。
こうして考えてみると、演劇って素晴らしい芸術ですね。
科学技術の進歩と、ほとんど関係がありません。
確かに、大規模なミュージカルなどでは、そういった科学技術を活用する場合があります。
しかし、そんな演出って見ていて恥ずかしくなりませんか?
特殊技術では、演劇は映画に勝ち目はないのですから。
演劇で大切なのは、人間の内面そのものです。
ですから、「オイディプス王」などの古代ギリシャ時代の悲劇をいまだに上演していますし、感動も与えられるのです。
その時代にはレーザー光線もクレーンもなかったわけです。
そんなものは、本来、演劇には要らないものなのです。
演劇に必要不可欠なもの、それは、役者と観客の肉体と感覚のみです。
これらは、時代の変遷と何の関係もありません。
科学技術の進歩が益々加速する現代、旧態依然たる演劇の重要性がより一層高まっていくような気がします。
2009年8月29日 07:47 | コメント(0) | トラックバック(0) | カテゴリ:演劇
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